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「記録のデジタル化」は頼りない
                2009.05.02 by Heroicus


  デジタルな記録は書き直しが簡単で、複製も簡単にできるし、 保管場所が少なくて済む。それで、何もかもデジタル化が進められている。 しかし、デジタルに記録されたものは、読めなくなるおそれがつきまとう。 勘違いや操作ミスで無意識に大事なものを消すおそれ、媒体の機械的な破壊、 記録状態の劣化、記録したフォーマットを読めるソフトウェアがなくなる おそれなどである。
  一昔前はフロッピーディスクが主力だったが、 材質そのものが本当に頼りないし、現在では主力の座を降りている。 容量の少ない古いフォーマットのディスクは読めなくなってきている。 現在の主力は光ディスクである。 しかし、CD-RやDVD-Rは安かろう悪かろうで、すぐに劣化してしまうし、 記録面にうっかり傷を付けてしまう危険性も高いので、 重要なデータの記録には向かない。 -RWは少しはましだが、あまり長期の保存は不安がある。 最近では、フラッシュメモリーがもてはやされている。 だが、書き換え回数に上限があり、頻繁に書き換えていると、 使えなくなるおそれがある。
  たとえ記録状態の劣化がないとしても、 主力となる媒体が絶えず交代してきている。 いまほとんどの機種で読み書きできる媒体でも、 将来にわたってそれを読むことができるという保証は何もない。 その媒体に対応した読み書き装置がなくなれば読めなくなる。
  デジタルの世界では、できて間もない技術をすぐに採用する傾向がある。 記録の長期保存への信頼性が確かめられていない技術に 大事なデータの保存を任せるのは危ういのに…。

  各分野での主力ソフトの変遷も問題だ。 たとえば、MS-DOSの時代の日本では、 日本語ワープロと言えば一太郎が標準だった。 Windowsの時代になってからは、 だんだんとMS-WORDが標準的なソフトの地位に就いてきた。 今では一太郎を使っている人は少数派だ。 当然、一太郎で作成した古い文書を読めない人の方が多くなってしまった。
  同じブランドのソフトであっても、バージョンアップが進むにつれて 古いデータが読めなくなっていく。 互換性を考えて最近の世代のデータを読むような配慮はされているが、 それより前の世代で記録されたデータは 読めないものが多くなっているはずだ。

  データを確実に将来まで引き継いでいくためには、 より新しくて信頼できる媒体へのデータのコピー、 新しいソフトでの書き換えといった、ハードとソフトの両面での 絶え間ないリフレッシュが必要であり、労力と費用がかかるだろう。

  紙は燃えたり腐ったりするおそれはあるが、 読むのに特別な装置を必要としない。
  デジタル化が進むのが、果たして文明の進歩と言えるのか、 大いに疑問がある。


 

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